みんなみんな、苦しくなってしまえばいいよ。わたしの唐突な願いは ぐるぐると脳の中をまわり、やがてはくちびるから小さくはき出された。 みんな苦しくなってしまえ。は?とそれを聞いて首をかしげた馴染みは、 なにいってんだかと肩をすくめた。
「なに、おまえ」
「にんげん」
「いや、そういうこときーてねーから」
「ないすつっこみ」
「ほんとおまえと話してると会話がなりたたねーな」
「いえす、うぃきゃん」
「とりあえずだまれ」
なんだ、おまえがはなしかけてきたくせに、わたしはやつの背中をけとばした。 いてえと悲鳴をあげるので、ざまあみろとわたしは彼を嘲った。 ばーかばーか。馬にでもけられてしまえ。
「そんなんしてて楽しいか? おまえ。俺さまのこと苦しませて」
「いえっさーぼす」
「なんか、今日おまえ変だぞ。いつも変だけど」
「あいあむ、あ、がーる」
「もうしらね」
ごろりとやつは床に寝転がる、ここをどこだと思っている。 わたしの部屋だぞ。主人はわたしだ。
「どんとすりーぷぷりーず」
「……うるさい」
「ねえ、ちょっと、寝ないでよ」
「なんだよ、ちゃんとしゃべれんじゃん」
「あたりまえでしょ、ばか」
「さっきまで意味分からんことばっか言ってたくせに」
「うるさいよ」
いらいらと髪の毛をわたしはかいて、やつと同じように床に寝転がった。 フローリングが冷たい。世界は氷河期を迎えるのか。そうすればみんな苦しくなるね。 そういうと、やつはさっきからおまえわけわかんねェよと同じような言葉を繰り返した。
「……なに、そんなに苦しくなりたいの」
「なりたいねえ。できるならば死んでしまいたいねえ」
「冗談でもそーいうこと言わない」
「あいむそーりー」
「全然申し訳ないって思ってないだろ」
「うん」
あは、とわたしはわらう。嘲ってではなくて、ふつうにわらう。おかしいからわらう。 なにがおかしいのかわからないけど。手をのばしてやつのシャツの裾を握った。 冷えたシャツはわたしの指にからみついた。
「あーもう、めんどくさい。なんかおごってやるから、そのよくわからんのなおせ」
「……これいつもだけど」
「いつもより酷いからいってんだよ。ほら、立て」
ぐいとわたしの手はやつにひっぱられて上に持ち上がった。 仕方がないのでわたしも立つと、コートを着せられ、さらに靴まで履かされて、 三十秒後には家の外に立っていた。寒い。外嫌い。 道端に絶望が転がっている。ハロー、絶望さん。ご機嫌いかが。
「肉まんでいいか肉まん」
「……プリンまんがいい」
「邪道め。……わかったわかった。帰ろうとするな、馬鹿。 買ってやるからさっさと歩け、前を向け」
どづかれながらわたしは道を歩く。 絶望に手を振ると、彼はにたりとわらってまた来週と言った。意味わからん。


『ばいばい』

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