ねえ行こうよと手を差し伸べたのに、いつまでもいつまでも其処に座ったまま。

寄せては返す音に砂の城が崩されてしまうのではないかと怯えていた。
開いた手には重みを感じなくて。只、冷たい。

月が欲しいのだとその子は言う。

「どうして?」「綺麗だから」

いとも簡単に言ってのけた台詞の「綺麗」は酷く片言で、よく発音出来たものだと感嘆した。

手を伸ばしても届かないのだとその子は言う。

「なら、其処にいる意味はあるの?」「落ちてくるのを、待ってる」

にこりと笑った顔の半分に影がべたりと張りついていた。
それはゴムに似た触感なのだろうか?

星が落ちるのならば月だっていつか落ちてくるのだとその子は言う。

星では駄目なのかと聞くとたとえそれがシリウスでもスピカでもアンタレスでも駄目だという。頭の中がぐちゃぐちゃしてしまう。

「それは、星?」「他の何でもないよ」

とにかく、月でなければいけないようだった。もうこちらを見てもくれない。
影はべろりと剥がれていったい何処へ逃げたのか、分からない。

「月は、落ちないよ」「落ちているとニュートンは言ったよ」

「それでも近づいたりはしてないよ」「どうしても月が欲しいんだよ」

欲しいのだと空気に囁いたその子が見たこともないくらい哀しそうにするから。
淋しそうにするから。
そんな風に、するから。

「それなら月を取ってくるよ」

投げ網で足りるかと聞けばとてもじゃないが足らないと言う。
馬鹿だと言う。

その子は立ち上がって砂の城を蹴り壊した。

握った手は冷たくて、そのくせ触れ合った部分はとても暖かだった。


『月をねだる子』

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