「嘘を吐いて何がいけない?」

皆に そして 己自身に嘘を吐き続けた女は呻くようにそう零した。

「嘘だっていいじゃないか。それで、みんな幸せになれる」

不幸になってまで真実を識って満足か? 楽しいか? 嬉しいか?
真実とはそこまで価値のあるものなのか?

「真実は優しくない。それを嘘で飾ったとして、何の罪になる?」

どこかぼんやりと濁った女の目は どこも映していなかった
遠くを見ているようでも 目の前の私を見ているようでも その実何処も見ていないような目

「絶望するがいい。世界を識って 真実を識って ゆっくりと現実に殺されていくがいい」

私は永久に盲のままでいい
そう言って彼女はそれきり押し黙ってしまった

嗚呼 確かに彼女は何処も観ていなかった
彼女が見ていたのは たくさんの優しい嘘と ほんの少しの毒とで構成された素晴らしい夢
この現実には決してある筈もない けれど確かに彼女の頭の中に存在する其処に 彼女は逃げ込んでしまった

私が彼女を殺してしまった "この世界"で生きていた彼女は私が殺してしまった!
どれだけ嘆いても この彼女は人形のように 返事を返してはくれぬのに


『在らぬ世の神に祈りを』

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