自転車のペダルを力を入れて踏み込む。夕暮れ上り坂。
湿気を含んだ風が頬を、髪を、脚を、腕を、くすぐっては駆け抜けていく。
べたべたと纏わりついて残る湿気が不快感をあおった。でも行かなくちゃ。
苛々する。でもあたしは、行かなくちゃ行けないから。
自転車のペダルを、再び思い切り踏み込んだ。右肩に掛けたショルダーバックが揺れた。

がたがたがったん。
坂道を越えて段差を越える。衝撃でおしりをサドルに打ち付けて痛かった。畜生不注意。
あたしの隣を自動車が抜けていった。意味もなく対抗心。
もういっかいペダルを強く踏み込む。もういっかい。もういっかい、もういっかい。
やっぱり自転車には追いつけなかった。ばかじゃないかあたし。なんだか正気に戻った。
ああ早く行かなくちゃ。通り過ぎてったあの自動車が、二つ先の角で曲がった。

向かい側の歩道に知り合いを見つけた。
中学のときの同級生だ。たしかバスケ部の。あ、名前が出てこない。ひたすら悶々。
向かい側の歩道を見ながら走って考えていたら前から来た自転車にぶつかりそうになった。
危ない危ない不注意不注意。走りながら振り返ったら宮島、そう宮島はもういなかった。
角を曲がったようだった。あたしは前を向いた。

学校帰りによく寄る本屋の前を通った。
好きな漫画の新刊のポスターがちらりと見えた。あ、ほしい。再び悶々。
今月厳しい、でも欲しい。あたしは誘惑に弱い。でも今はだめだ。だって行かなきゃ。
だから帰りに買おう。また前から自転車が来た。すれ違う一瞬、かすかに鼻歌が聞こえた。

駅に近づいてきて、人が多くなってきた。
ちいさな子供が「ママ」と特有の高い声を上げながら走っていった。元気で結構。
きょうのごはんなあに?――カレーライス。
微かに聞こえた微笑ましい会話。きゅううう、とおなかが声を上げた気がした。
カレーライスは大好物だ。子供がやったあ、って叫んだのが聞こえた。
いや、雑念は不要だ、早く行かなくては!

とうとうあの看板が見えた。なんともいえない高揚感が襲った。ああ早く、早く早く。
自転車のペダルを、再び思い切り踏み込んだ。右肩に掛けたショルダーバックが揺れた。
ちょうどもうすぐ焼きあがる時間だ。
待ってろ、あたしのいとしいさくさくメロンパン!



『夕暮れ、自転車、メロンパン』
 

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