わたしは落下する。

低いところから高いところへ落下する。え? むじゅんしてるって? そんなのわかっているわ!わたしにそんなこと言うなんて、野暮ってものよ、うさぎさん。あら、あなたはねこさんだったかしら。さあ、あなたの懐中時計はいまなんじをさしているの?

「酔狂だな」
「そうかなあ」

先生は言って、カルテを一枚ぱらりとめくった。カルテとカルテの間からほしくずが落ちた。やあね、先生、気づいてないの。ほらみて、とてもきれい。金平糖みたいにきらきら光っているんだよ。見えないなんて、かわいそうね、つまらないよ、そんなの。

「君の目にはなにがうつっている」
「きれいなものよ、先生。わたしの目には、きれいなものしかうつらないんだよ。かわいいもの、うつくしいもの、やさいいもの、それだけ」
「酔狂だ」

先生はまたゆっくりとくりかえした。すいきょう、という言葉の意味をわたしは知らない。先生はよくつかう。きっとあたまがおかしい、って意味だ。でも、わたしはそう思わない。きれいなものだけを見てなにがいけないの。ねえ。

「ねえ、せんせい、お花が見たい」
「外へ行くかい、おちびさん」
「やあね、わたしはおちびさんなんかじゃないわ。わたしはレディよ、レディ!」

わたしがぷう、と頬をふくらませると、先生はわらってわたしを抱き上げた。失礼しました、レディ。うつくしいこ。いとしいこ。わたしだけのレディ。

さあ、先生。七色の橋を渡ろう。涙の海を泳いでいこう。びしょぬれになったらね、ビスケットの島で休憩するの。お日様が砂糖のきらきらをわたしたちにまぶしてくれるわ。そうしたら、今度は、チョコレートの川をくだるの。そうね、いかだはマシュマロがいいわ。ね、すてきでしょう。先生はもう、しかめつらをしなくてもよくなるね。泣かなくてもよくなるね。ね、先生、行こうよ。

きれいなお花を、見に行こう。




『スウィート・ワールド』
 

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